RubyKaigi というイベントは大きなものに育った。そしてそれは、イベント自体が価値を持っているように感じてくる。それらは独立し、何かしら守るべきものであるかのように感じられ、その一部を損ねることは何かやましいことをしているようにさえ感じられるかもしれない。
しかしながら、本来そのようなものではないはずである。あくまで RubyKaigi の主体は Ruby と Rubyist であり、 RubyKaigi のための RubyKaigi、というものは何かを致命的に誤解しているように思える。 RubyKaigi にとっては、RubyKaigi はあくまで手段であるべきであろう。守るべき価値、築くべき価値は、それ自体ではなく別のところにあるのではないか。あるいは RubyKaigi ではないイベントを並行して作り上げることができればよいのかもしれないが、現状の体制ではそれは難しい。どちらかを選ぶのであれば、続けてきた価値を維持を望むよりも、未来に向けて開いておきたい。
– Rubyist Magazine - 0031-巻頭言 (via shibats) Via YET ANOTHER TRIVIAL TECHNOLOGIES